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福岡地方裁判所 平成9年(ワ)1918号 判決

福岡市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

山崎吉男

大阪市〈以下省略〉

被告

髙木証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

島本信彦

上條博幸

主文

一  被告は、原告に対し、金五五八万二八八八円及びこれに対する平成八年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金一〇六四万三一四四円及びこれに対する平成八年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告に株式売買の取引を委託して損失を被った原告が、被告の従業員に違法な行為があったとして、被告に対し、民法七一五条に基づき損害賠償及び遅延損害金の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和五九年九月福岡市内の○○商事株式会社(以下「○○商事」という。)に入社し、以後現在に至るまで営業担当として勤務している。原告は、被告会社の営業担当従業員に勧められて、平成七年二月頃から被告福岡支店に委託して株式の売買をするようになり、同年一二月初めからは信用取引も始めた。

2  原告が被告福岡支店に委託した証券取引の内容は、現物取引関係が別表1記載のとおり、信用取引関係が別表2記載のとおり、信用取引における配当落調整金内訳が別表3記載のとおりである。

3  B(以下「B」という。)は、平成五年三月から平成八年一一月まで被告福岡支店の営業担当従業員であった。C(以下「C」という。)は、平成七年五月から同支店長の地位にあった。

二  争点

1  Bの違法な行為の有無

(原告の主張)

(一) Bは、平成七年一一月中旬、原告に対して信用取引を始めるよう勧誘するに際し、「自分がアドバイスしたら利益がでる。絶対損はさせない。」と証券取引法(以下「法」という。)五〇条一項一号で禁ずる断定的判断の提供による勧誘及び法五〇条の三第一項で禁ずる利益保証による勧誘をした。

(二) Bは、平成八年一月中旬、原告に対し、「今後全部私に任せてくれませんか。」と法五〇条一項三号で禁じられている一任勘定取引による勧誘をした。

(三) Bは、平成八年一月下旬ないし二月初め頃原告に対し、原告の口座を利用してB個人の証券取引をさせてほしい旨申入れ、同口座による取引をしたが、右行為は、仮名口座による取引として公正慣習規則に違反し、かつ、原告をして証券取引が確実に儲かるものと誤信させるものである。

(四) Bは、原告に対し、原告の証券取引に多額の損失が発生しているにもかかわらず、利益が上がっている旨虚偽の報告をしていた。Bの右行為は、善管注意義務ないし忠実義務に違反するものであり、かつ、法四九条(平成八年法第九四号による改正前の四九条の二)に定める顧客に対する誠実公正義務に違反する。

(五) Bの右虚偽報告により、原告は利益が上がっているとの錯誤に陥り、一任勘定取引を継続したのであるから、Bの右行為は詐欺に該当する。

(六) 平成七年一〇月から約一年間の取引は、売買回数一六九回、買付総額約一億四〇〇〇万円に上り、かつその内容は、短期間の乗換え取引や同一銘柄の繰り返し売買が頻繁になされている。これは、Bが、原告の信頼を奇貨として、原告の利益を犠牲にして、自己の業績をあげ、かつ被告福岡支店の収入を得る目的で、原告を過当な取引に勧誘し、これを行ったためである。

(被告の反論)

(一) Bが原告主張(一)、(二)記載のような言辞を用いて取引を勧誘したことはない。原告は、○○商事の社員として被告福岡支店に来店し、証券取引の実務に習熟していた。原告が取引した銘柄は、Bから提案したものだけではなく、原告自らが選択して注文していたものもあり、取引のすべてについて、Bはその都度原告からの取引委託注文を受け、同注文にしたがって取引した。

(二) Bは、原告の口座を借りて株式取引を二回したが、これについては原告との間で清算ずみである。

(三) Bが原告に対し、虚偽の報告をしたことはない。取引がなされた場合は、被告から直接原告の住所宛に売買報告書が発送されている。また、被告においては、ときに応じて顧客に対し、取引状況を確認してもらう承認書への署名押印を求めているが、原告は毎回異議なくこれに署名押印して被告に提出し、さらに、被告は毎月末現在で取引現況を示す照会をしているが、これに対しても原告は毎回異常はない旨の回答をしている。

(四) 被告が原告から委託された売買の回数は、月平均七、八回以下であり、過当とはいえない。

2  Cの違法な行為の有無

(原告の主張)

原告は、平成八年七月一六日頃、Cから、原告に取引上の多額の損失が生じている旨告げられたが、その後間もなく、Cは、原告に対し、「裁判は長くかかるし、金もかかる。その上勝ち目はありませんよ。私が原告の担当になりアドバイスするので、株で取り返さないか。」と勧誘して、更に取引をさせた。Cの右勧誘行為は、原告を困惑させ、かつ、損失保証に類似するもので違法である。

(被告の反論)

Cが原告と初めて面談したのは平成八年七月一二日であるが、Cが原告に対し、原告主張のような勧誘をしたことはない。前記1の被告の反論(三)記載のとおり、原告は、右面談以前から、取引により大きな損失が生じていることは十分認識していた。Cは、原告に対し、好転しそうにない信用取引は早く整理手仕舞をして現株取引で地道に損を取り戻すようにしたらどうかとアドバイスした。

3  損害

(原告の主張)

(一) 取引による損失 九〇二万三一四四円

(二) 弁護士費用 一六二万円

第三争点に対する判断

一  争点1(Bの違法な行為の有無)について

1  取引の経緯

証拠(甲第一号証、乙第四ないし第六号証、第七号証の二、第一〇号証の一ないし一〇、第一二号証の一ないし九、第一三号証、第一五号証の一、二、第一六号証、証人B、同C、原告本人)及び前記争いのない事実によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告(昭和三五年○月○日生)は、昭和五九年九月、貸金業を営む○○商事に入社し、営業担当として、顧客管理と新規顧客の開拓に従事してきた。○○商事及びその社長は被告の得意先であった。原告は、平成七年二月頃、被告の営業担当者に勧められて日本たばこ産業株式会社の株式を買い受け、その後、同じく被告の営業担当者に勧められて、二銘柄の株式の売買をした。これを契機に原告は株取引に興味を持ったが、資金量が少なかった。しかし、前田証券では二〇〇万円からの資金で、資金の約二倍の取引ができると知り、同年五月頃から前田証券で信用取引を始めた。もっとも、三、四か月経過後は、興味を失いつつあった。

(二) 被告においては、平成七年八月からBが○○商事及び原告の顧客担当者となった。Bが担当者となってから、原告が被告に委託して株式の売買をしたのは、原告がBの勧めにより同年一〇月一二日萩原電気の、同月一三日光彩工芸及びベネッセの各新規公開株式を合計約一〇六〇万円で買い受けたのが最初であった。右購入資金について、原告は、義父から一〇〇〇万円を、利率の高い○○商事の社内預金に入金するよう依頼されて預かっていたところ、株式購入後値上がりしてから売却し、社内預金に入金すればよいと考え、右事情をBに説明した上、預り金一〇〇〇万円を購入資金に当てることとして申し込んだ。光彩工芸の株式は若干値下がりしたものの、他の二銘柄は値上がりしたところ、原告は、Bから、自分がアドバイスをするから、右株式の売却代金を運用して利益を出そうと勧められ、これを承諾した。その後、Bから勧められて購入した株式も値上がりしたと認識した原告が、Bに対し飲食を振る舞うこともあった。

Bは、原告が前田証券で信用取引をしていることを知っていたため、同年一一月中旬原告に対し、被告においても信用取引を行うよう勧誘したところ、原告はこれを承諾し、同年一二月一日被告に原告の信用取引口座が開設され、以後信用取引が始まった。なお、Bは、被告の内部文書である口座開設申請書(乙四)に、真実に反することを知りながら、原告の役職名を課長と、投資経験を一〇年と記載した。

Bは、平成八年一月中旬頃、原告に対し、取引を全部Bに任せるよう申し込んだ。Bを信用していた原告は、Bが頻繁に○○商事に電話をかけてくることを迷惑に感じてもいたので、右申出を了承した。

同年二月、Bは、原告に対し、原告の口座を利用してB個人の証券取引をさせてほしい旨申し入れ、証券会社の営業担当者は皆親しくなった客の口座で取引をしているなどと説明した。原告が右申出も了承したので、Bは、原告の口座を利用して、いずれも自己の計算で、同月二〇日に和光証券の株式二〇〇〇株を、同年三月二八日に神鋼電機の株式二〇〇〇株を購入した。Bは、その後の右株式の売却により一〇万四五九〇円の損失を被ったので、口座上は原告が右同額の損失を被ったことになっているが、これについては原告とBとの間で清算された。なお、Bは、被告の京都支店に勤務中、顧客の口座を利用して投資信託を買ったため、てん末書を提出したことがあった。

(三) 被告においては、取引の都度直接顧客に対し、売買報告書を送付することになっている。被告は、右売買報告書の作成、送付を野村総研に委託しており、原告に対しても、すべての取引について野村総研から右売買報告書の送付がなされた。

また、被告においては、不定期に顧客に対し、取引残高を記載した「承認書」と題する書面を示して顧客の署名押印を求めていたが、同承認書には、書面作成日付の時点における預り証券の明細、未決済の建玉の取引明細とその銘柄毎の評価損益等が記載されていた。

さらに、被告においては、毎月本店から顧客に対し、各月末時点における取引残高照会書を送付し、顧客が照会に対する回答を書面ですることになっていた。

しかし、被告は、多忙なため、右書類にはたまにしか目を通さず、Bから指示されるままに書類に署名押印して被告に提出していたところ、たまたま書類にマイナスの印が記載されているのに気付き、Bに問い合わせたが、売却前であるからまだ上がる可能性があるとか、他の株式で利益が出ているから大丈夫であるなどと説明されたので、これを信じた。

(四) 平成八年七月一二日、Bから求められた書類への署名押印のために被告福岡支店を訪れた原告に対し、不在のBに代わって応対したCが、多くの損失を被っているが今後どうするのかと尋ねたことから、原告は真相を知り驚いた。その数日後、原告とCはBを交えて話し合ったが、Cは被告の責任を否定した。なお、Bは、Cに対し、Bが原告の口座を利用して取引をしたことを自主的に申告せず、かえって原告に対し右事実を秘匿するよう依頼した。

原告は、Cから株式取引で損失を取り戻すように勧められたので、更に被告を通じて取引を行ったが、ほとんで利益が上がらないので、同年一〇月取引を打ち切った。

原告は、同年一〇月下旬、Cと話し合った際、Bが原告の口座を利用して取引をしたことをCに伝えた。そこで、CがBを問いただしたところ、Bは、右事実を認めた。Bは、同年一一月初め頃本店への転勤を命じられた。

証人B及び同Cの各証言中右認定に反する部分は、採用しない。特に、証人Bは、客の口座を利用するという禁止行為をあえて行い、その発覚を防ごうとして原告に働きかけるなどしており、その供述を安易に信用することはできない。

2  Bの違法な勧誘行為の有無

証券取引への投資は、投資者自身が自己の判断と責任のもとに行うべきものである。しかし、実状は、証券会社と一般投資者との間には、証券取引に関する知識、情報、経験等において格段の相違があり、一般投資者は専門家である証券会社から提供される情報や助言、指導に依拠して投資を行わざるを得ず、他方、証券会社は、一般投資者を証券取引に誘致することによって利益を得ているところ、その利益の多くは手数料収入が占めるので、勢い頻繁な取引を顧客に勧める誘惑に陥りやすいものである。したがって、証券会社及びその使用人は、一般の投資者を顧客として勧誘する場合、当該顧客の知識、経験、投資目的、資金力などに照らして、取引に関する適切なアドバイスを与え、適正な取引に導くべきであって、不適切に多量、頻繁な取引を勧誘してはならないという義務を負っている。また、取引を一任された使用人は、前記誘惑に陥って顧客の利益を損なう行動をする可能性が大きいので、原則として一任勘定取引をしてはならないという義務を負っている。

本件においてこれを見ると、Bは、原告の証券取引の経験が一年未満であり、平成七年一〇月の新規公開株式購入の資金の大部分が原告の自己資金ではないことを知りながら、Bのアドバイスにより利益が上がったと信じていた原告の信頼を利用して、平成八年一月中旬頃、禁止されている一任勘定取引を勧誘し、原告の承諾を得るや、同年一月一七日から同年七月九日まで月平均約八回の買付け注文を行ったものであるところ、Bの右行為は、前記注意義務に違反した不法行為というべきである。

なお、Bが平成七年一一月中旬原告に対し信用取引を勧誘するに際し、断定的判断を提供したり、利益保証による勧誘をした事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、右Bの違法な一任勘定取引の期間より前に買い付け、右期間中に売却した株式については、適時売却義務というような別個の注意義務違反の問題であると考えられるところ、この場合には、売却された時期が不適切であったために損失が生じたことが立証されない限り、相当因果関係のある損害とは認めがたいところ、右事実を認めるに足りる証拠はない。

二  争点2(Cの違法な取引行為の有無)について

前記一1のとおり、Cは原告に対し、更に株式取引をすることにより損失を取り戻してはどうかと勧めたものであるにすぎず、原告を困惑させたり、損失を保証したりしたとの事実を認めるに足りる証拠はないところ、右Cの行為を違法ということはできない。

三  争点3(損害)について

1  損害

原告の損害は、理論的には、平成八年一月一七日から同年七月九日までのBの違法な買付けのために出捐された金員(買付代金並びに買付け及び売付けの際の手数料、税金等)であり、その後の売却代金は損益相殺として、右損害額から控除されるにすぎないと考えられる。しかし、右控除後の金額は、結果的に損益の金額に一致すること、原告は本件取引の売買損益の合計額が損害であると主張していることなどにかんがみて、Bの違法な買付けに係る株式の損益の合計を本件損害と構成することも誤りではないと考える。そして、現物取引関係の損害は、別表1によると五五六万四〇三〇円(一枚目については、ナカミチの欄を初行とした場合、二五行目から三四行目までに記載の取引、二枚目については神鋼電機欄を初行とした場合、初行から一四行目までに記載の取引の各損益欄記載の金額の合計額にマイナスを乗じたもの)信用取引関係の損害は、別表2によると三〇四万四〇四〇円(一枚目については、三菱化工機の欄を初行とした場合、九行目から一三行目まで、一八行目から二三行目まで、二五行目から三二行目まで及び三四行目に記載の取引、二枚目については全部の取引の各損益欄記載の金額の合計額にマイナスを乗じたもの)であるから、右合計八六〇万八〇七〇円が原告の被った損害となる。

右損害額から、配当落調整金の内Bの違法な取引に係るもの(別表3記載の金額の内、本州製紙と三菱化工に係るものを除いた金額)の合計である三万二〇〇〇円、Bと原告との間で清算済みの損失一〇万四五九〇円を控除すると、八四七万一四八〇円となる。

2  過失相殺

原告は、Bの勧めに起因するとはいえ、Bに取引を一任し、被告に提出する書類の内容を十分に検討することなく、安易にこれに署名押印して被告に提出したものであり、本件損害の発生については、原告自身にも相当の落ち度があるというべきである。したがって、Bの行為の違法性が高いことを考慮しても、四割の過失相殺を行い、前記損害額から四割を減じた五〇八万二八八八円をもって、原告が被告から賠償を受けるべき金額とするのが相当である。

3  弁護士費用

本件の事案の内容、審理の経過、認容額等を考慮すると、弁護士費用の内五〇万円を、本件不法行為と相当因果関係がある損害として被告に賠償させるのが相当である。

四  以上によると、原告の請求は、被告に対し、五五八万二八八八円及びこれに対する不法行為の後である平成八年一〇月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 古賀寛)

〈以下省略〉

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